【論】 官能評価とサポート要件 ~トマト含有飲料事件~
食品分野を扱う知財担当者にとって、重要な判決がなされました。
食品発明において、風味を実証するために、実施例と比較例とを用意し、それらについて官能評価を実施するというのは常套手段です。
風味の良し悪しを決めるのはパネラー、すなわち、「人」ということになります。人の感覚を使う以上、個人の主観的要素が入る余地があります。そこで、官能評価においては、これをいかに客観化するかということが重要になります。
今回の判決は、特許庁が無効審判において特許維持とした審決に対して、審判請求人が控訴して審決の取り消しを求めた事件によるものです。主文は、審決の取り消し。特許無効という判断になりました。
まず、事件の対象となった特許第5189667号(本件特許)には、実施例として、市販のトマトペーストと透明濃縮トマト汁を原料として、種々の工程を経ることにより、風味の異なるトマト含有飲料を製造したことが記載されています。また、トマト含有飲料の成分を分析して、その成分値に基づいてクレームしています。したがって、本件特許の発明はパラメータ発明であるといえます。
判決では、本件特許の明細書には以下の開示があると認定しています。
次に、判決では、食品の風味について、以下の技術常識があるといっています。
また、トマト含有飲料の風味について、以下のように判示されています。
要は、トマト含有飲料について、風味に影響を与える成分や物性が複数あると考えられるといっています。それなのに、本件特許の発明では、このことが反映されていない旨を、以下のとおりに判示しています。
①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,
②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をする
という方法がとられるべきである。
要は、「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味と、糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量という三要素との間に、直接的な関係性が認められない、というものです。
これはかなり厳しい判断です。被告も主張していますが、食品の成分や物性を全て測定・解析することは不可能といえるでしょう。また、PBPクレームが認められない現状では、測定した成分や物性の値によって発明を特定することは理に適っているともいえます。
上記の判断からは、①他の要素は風味に無関係であること又は上記三要素よりも影響が小さいことを技術的に説明するか、②あらかじめ製造した食品に、成分を添加したり、物性を変えた処理(例えば、加温)をしたりした後の食品について風味評価試験をする、ことが求められます。なお、上記①でいうところの「技術的に説明」することがどの程度まで求められるのかは定かではありません。
これに関連して、本件特許の明細書の記載について、以下のような判示がなされています。
判決の趣旨としては、「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味と、糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量という三要素との間に直接的な関係性があったとしても、他の代表的な要素、すなわち、トマト含有飲料に特有の要素についても評価しておくべきである、といっているのでしょう。
確かに、学術論文であれば、これは求められます。結果が良かっただけでは、査読をパスすることは難しいでしょう。これが果たして、特許明細書にも求められるのでしょうか。発明者は当業者でなければならないのか、という議論にもなります。個人や中小企業による発明の権利化が難しくなるような気がします。
一方で、官能評価試験について、以下のとおりに判示されています。少し長いですが、重要な部分ですので全て引用します。
上記判示からは、官能評価試験を行うのであれば、
①各項目の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるための評価基準を用意すること
②点数を1点上げるための項目の強度についてパネラー間で共通にするなどの手順を設けること
③評点の平均値だけではなく、各パネラーの個別の評点を記載すること
が求められると捉えられます。これが原理原則となるのかというのはさておき、実務的には参考になるでしょう。
また、判決では、三要素の数値と風味評価との間に矛盾点があることを指摘しています。
以上のことを理由として、判決ではサポート要件の判断について以下のとおりに締めくくっています。
なお、トマト含有飲料の風味に影響を与えるその他の成分・物性として粘度を挙げて、これについて以下のとおりに判示しています。
上記判示からは、粘度と風味との関係について調べていれば、それで良かったのか、という疑問は生じます。
判決内容についてはどうであれ、食品発明の特許実務の参考になることは間違いないでしょう。
弁理士 森本 敏明
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