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【米国】学生アスリートの権利

 

米国の反トラスト法(日本でいうところの独占禁止法)の話です。

 

米国にて、画期的というか、先進的な判決がなされました。

Alston判決(NCAA v. Alston)です。

NCAAは、National Collegiate Athletic Associationの略で、アメリカの大学スポーツ(アスリート)を統括する協会です。大学スポーツのルールを制定する他、大学スポーツ選手を管理しています。

例えば、NCAAは独自のトランスファー(転校)ルールを設けています。

ある選手が誘いを受けてA大学に入ったのに、試合に出るチャンスが得られない。

試合に出るチャンスが得られなければ、アメリカンフットボールにせよ、バスケットボールにせよ、プロになる(ドラフトされる)のは厳しくなります。

選手としては、それなら他の大学に転校しようか、ということになります。

これからの人生がかかっているわけですから、選手も、そして家族も必死です。

しかし、大学側としてはせっかくリクルートした選手ですし、コーチングしてきた選手でもあります。言い方は悪いのですが、投資がムダになります。

そう易々と他の大学、特にライバルとなる大学に選手を渡したくないと考えるのも当然でしょう。

そこで、NCAAは、例外を除いて、転校(移籍)一年目の選手は試合に出られない、というルールを設けています。

例外には、すでに卒業できるだけの学業単位を全て取得していることというのもあれば、元の大学において差別的な問題があったことなどもあります。

しかし、あくまで例外ですので、通常は認められません。

このようにNCAAは強権ともいえるような権力があります。

そして、NCAAは、これまで学生アスリートにアマチュア精神を求めてきました。要は、金銭的な利益を得てはならない、というものです。

ですが、学生以外の関係者は潤って、学生にはあまりにも見返りが少ない、というのがAlston判決の背景にあります。それだけ、大学スポーツは繁栄しているのです。

例えば、NCAAは、大学アメリカンフットボール(カレッジフットボール)の放映権として、年間1億ドル(110億円)以上を得ています。

そして、アメリカは広く、全ての州にプロのチームがあるわけではありません。

例えば、アメリカンフットボールの場合、プロチームは東部か西海岸に集中しています。

昨シーズン、全米ナンバー1に輝いたアラバマ大学のあるアラバマ州にはプロチームがありません。

ワイオミング州、ユタ州、ネバダ州などの西部内陸部にもプロチームはありません。

ということになれば、アメリカンフットボールファンは、自らが住居を構える州の大学を応援するようになるでしょう。

結果として、カレッジフットボールは人気を集め、それはプロ(NFL)に匹敵するほどです。州によってはプロ以上でしょう。

結果として、試合が行われるのは、カレッジは土曜日、プロは日曜日と、両者がかぶらないように棲み分けられるぐらいです。

ちなみに私はNFLの試合は観ますが、カレッジフットボールの試合はハイライトを観る程度です。

日本のフットボールファンの中にはカレッジフットボールファンが相当数います。

では、それだけ繁栄しているカレッジフットボールですが、放映権料などで利益を得ているのは誰か、ということになると、それはNCAA、大学、放送局ということになります。試合をしている当の学生選手ではなく。

もちろん、カレッジフットボールの学生のほとんどが、大学から奨学金を得ています。奨学金には寮費も含まれていますので、生活する上では支障がありません。その額は、選手1人あたり、700万円~800万円程度といわれています。ただし、これらは実費。金銭はゼロです。このような奨学金の使い途を厳しく取り締まっているのがNCAAということになります。

ちなみに、カレッジフットボールのヘッドコーチ(HC)の年収ですが、先のアラバマ大学のHCニック・セイバンの年収は1000万ドル(11億円)以上です。

日本のプロ野球の原辰徳監督の年俸は2億円といわれています。アマチュアのスポーツチームのHCの額に遠く及ばないのです。

そして、カレッジでは、どんなにスター選手でも800万円。これは金銭ではなく実費。手許に残る金銭はゼロ。それに対して、HCは11億円。全て金銭。

もちろん、カレッジ選手も、プロになれば莫大な収入を得るチャンスはあります。

しかし、プロになれるのはごく一部。そして、スポーツ選手である以上、ケガがつきまといます。カレッジで無理してケガを抱えてプレーした挙げ句、プロで大成しなかった選手は数多くいます。

長々と述べてきましたが、要は利益を生み出す源のカレッジ選手があまりにも不当に扱われている、ということです。

その中でなされたのが、Alston判決です。

判決では、教育に関連する金銭に限られていますが、NCAAによる制限は反トラスト法に違反すると結論付けられています。

興味深いのは、Brett Kavanaugh判事の以下の言葉です。NCAAや大学関係者を痛烈に批判しています。

Those enormous sums of money flow to seemingly everyone except the student athletes. College presidents, athletic directors, coaches, conference commissioners, and NCAA executives take in six- and seven-figure salaries. Colleges build lavish new facilities. But the student athletes who generate the revenues, many of whom are African American and from lower-income backgrounds, end up with little or nothing.

特に最後の言葉は印象的です。利益を生み出している学生の大半が黒人学生であり、彼ら彼女たちは貧困であり、さらに何も得られずに終わる。煌びやかな米国の闇の部分ですね。いや、日本のアマチュア選手にも通じるでしょうか。

そして、このようなことが述べられているということは、教育に関連するものに限られずに、カレッジ選手にも利益が分配されて然るべき、とも読み取れます。もちろん、そのためには、別の訴訟を起こす必要があるかもしれません。

これより前になされたO’Bannon判決(NCAA v. O’Bannon)では、NCAAによるカレッジ選手の肖像権(NIL)に基づく収入の制限が違法であるという判決されています。

この2つの判決により、NCAAはカレッジ選手の利益の享受を阻害してはならない、ともとれます。

Alston判決による日本への影響はほとんどないのかもしれません。

ただ、オリンピック代表選手をはじめ、日本のアマチュア選手が正当な利益を得ているのか、というところにはもう少し目が向けられてもよいような気がします。アマチュア選手が報われるのはオリンピックに出場できたとき、というのはあまりにも不憫です。

米国スポーツに慣れ親しんでいる身としては、いろいろと考えさせられる判決でした。

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弁理士 森本 敏明

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